遺言書で「もめる人」「もめない人」の致命的な差

遺言書で「もめる人」「もめない人」の致命的な差

ある書家が残した妻への「最後のラブレター」

東洋経済ON LINE 2019/05/13 7:10

遺言書で家族がもめるか、もめないかは紙一重。もめる遺言書はいったい、どこがマズイのか? 相続問題に詳しい行政書士の倉敷昭久氏が「遺言書でもめないためのコツ」について解説します。

これは以前、私が相談を受けたある依頼主の話です。

遺言者はお父さんでした。相続人は妻、長男、二男、長女。長男が遺言書を持って相談に来られました。長男は、その遺言の執行者(遺言の内容を実現するための手続きをする人)に指定されていましたが、執行の仕方がわからないので教えてほしいという相談でした。その遺言書を読んで、これはもめるかもしれないと思いました。

遺言の趣旨は、妻に自宅(土地と建物で約4,000万円)と定期預金1,000万円、二男には自動車(約100万円)を相続させ、長男の妻に株式約1,000万円、長女の1人娘(孫)に普通預金約1,000万円を遺贈するという内容でした。遺産総額は7,100万円です。

この遺言書の「もめる要素」とは?

 もうみなさんもおわかりだと思いますが、この遺言書にはもめる要素があります。長男と長女の相続分がありません。そして二男の相続分も遺産総額からするとわずかです。子ども3人には約591万円の遺留分(遺言書があるときに相続人がもらうことのできる最低限の権利)がありますが、いずれも遺留分が守られていません。

 長男は妻が、長女は娘が遺産を受け取れるのでまだよいとしても、二男が受け取れる遺産はわずかに車1台だけです。

 二男から遺留分の請求が起きる可能性が高く、もめるのではないかと思いました。長男や長女から遺留分の請求があってもおかしくはありません。遺言を執行する前に、遺留分のある人の遺留分請求の意思確認が必要ですので、まずは相続人全員からこの遺言内容で手続きをしてもよいかどうかの確認をしなければなりません。

 長男から、「相続人全員を集めて遺留分請求の意思確認をするので、その場に同席して、もし誰も遺留分を請求しなかったら、相続手続きを手伝ってほしい」と言われ、その場に私も同席することになりました。長男はお母さんと妹、弟の前でお父さんの遺言書を読み上げました。長男が遺言書を読み終わると、長女から私に、遺留分という制度についての説明を求められたので、丁寧に説明しました。

 この遺言では、長男、二男、長女の遺留分が守られていないため、それぞれの権利についても詳しく説明しました。そして、長男が、自分は遺留分を請求しないと意思を表したうえで、二男と長女に遺留分を請求するかどうかを尋ねました。

亡くなった父親の3つの願い

 それまで黙って長男の話を聞いていた二男が口を開きました。二男は、お父さんがこの遺言書を書いた経緯を話し始めました。お父さんはずいぶんと悩んで、ようやく遺言に関する自分の考えが定まったところで、二男のところへその考えを伝えにきたそうです。そのときに二男がお父さんから聞いた話の概要は、次のようなことでした。

 まず、お父さんが考えた遺言の内容は次の3つでした。

①妻には家と定期預金をあげたい
②長男の嫁に株をあげたい
長男の嫁は、長男と結婚してからずっと、自分たち夫婦と多くの時間をともに過ごし、面倒を見てくれた。長男ではなく嫁に遺産をあげても、長男は自分の想いをわかってくれるだろう。
③孫に普通預金をあげたい
少し障害のある孫と2人で暮らしている長女が、孫のために使えるようにしたい。

 お父さんの想いは以上のようなものでしたが、これでは二男に残せるものがほとんどなくなってしまいます。お父さんはそれが気になって、二男がこの遺言を受け入れてくれるかどうかを聞きに来た、とのことでした。

 二男は、お父さんが遺言書を書く前に自分のところに来て、お父さんの想いを聞かせてくれたことがうれしかったようです。二男はお父さんの考えを尊重することにしました。二男の理解を得たうえで、お父さんが書き上げたのがこの遺言書でした。

 二男は、お父さんがこの遺言書を書いた経緯をこのように話しました。私は、この遺言書を読んだときに、お父さんと二男は不仲だったのかなと思ってしまいました。しかし、お父さんは決して二男に遺産をあげたくなかったわけではなく、お父さんの想いを強いものから順に並べていくと、このような遺言にせざるをえなかったのです。

 二男もお父さんの想いを理解しました。それがこの遺言書に集約されています。お父さんはもめない遺言書にするための仕上げを見事にしていました。これはもめるはずのない遺言書でした。誰からも遺留分請求は起こらず、それどころか、相続人全員がお父さんの心配りとお父さんの想いを受け入れてくれた二男に感謝しました。

 遺言執行者が指定されていましたので、相続手続きはスムーズに終えることができました。手続きが完了して、お母さんに会ったとき、「私も夫のような遺言書を作りたいので、先生、手伝ってくださいね」と言われました。後日、お母さんは本当に事務所にお見えになりました。

 何度も相談を重ねて、ご主人に劣らぬ遺言書を作られました。これもまた心に残る遺言書になるはずです。その遺言書はまだ開かれていません。

ある書家の残した「特別な遺言書」

 もう1つ、数ある遺言書の中で、私の中に最も強い印象を残している遺言書をご紹介します。

 ご主人を亡くされた奥さんからの相続手続きに関する相談でした。相続人は妻と長男、二男でした。ご主人が亡くなられて、奥さんがご主人の机を整理していると、預金通帳や証券会社の取引報告書、家の権利書などが出てきたそうで、この名義を変えたりしなければならないが、自分にはできそうにないので、手続きをお願いしたいとのことでした。

妻に残された「1本の巻物」

 相続税がかかるほどではありませんでしたが、各種財産がありましたので、遺産分割協議(遺産を分けるための遺族同士の話し合い)がまとまるのであれば、相続手続きをさせていただきますと答えました。

 テーブルには預金通帳や権利書などが用意してありました。その脇に1本の巻物が置いてありましたので、「それは何ですか?」と尋ねたところ、ご主人は書家だったそうで、作品ではないかと奥さんは言われました。念のために奥さんにその巻物を広げていただいて、中身を確認することにしました。

 開いてみると、それは作品ではありませんでした。奥さんもびっくりしていました。その巻物は「妻〇〇へ、あなたに出会ったのは昭和〇〇年〇〇月〇〇日○曜日の午後でした。私はあなたに会ってすぐに、あなたのことが好きになりました」という一文から始まりました。そこから先は2人で行ったところ、あった出来事が詳細に書かれていました。

 子どもが生まれたときのこと、子どもが育っていく様子、子どもの結婚式、そのときの夫婦の想いなどが次々と書かれていました。これは、ご主人から奥さんへのラブレターでした。

 後半に入ると奥さんへの想いがつづられていました。「私と夫婦になってくれてありがとう。今も変わらずあなたのことを愛しています」。とても80歳を超えて書かれたとは思えないような文章でした。「今度生まれてきても私はあなたを妻にします。宜しくお願いします」と続けられる文章を、奥さんは涙を流しながら読んでおられました。

 そして、「私はこんなに妻を愛しています。だから、私の財産は全部妻に相続させます。息子たちよ、子どもの頃のように仲良くしろ。そしてお母さんを宜しく」と結ばれていました。

まるでラブレターのような遺言書

 最後まで読んで初めて、遺言書だとわかりました。すっかりこのすばらしいラブレターに心を奪われていましたが、これが遺言書だとわかり、我に返りました。これはかつて見たことのない、まるで映画や小説の中に出てくるような、感動的な遺言書でした。

 遺言書がある以上、遺産分割協議ではなく、遺言による相続手続きになります。この遺言は、長男と二男の相続分がない遺言なので、両者から遺留分請求があるかもしれません。

 長男と二男の考えを聞く必要があります。まずは2人にこの遺言書を読んでもらうことを提案しました。

 お母さんには一抹の不安がありました。長男と二男はこのところあまりよい関係ではかったそうです。ご主人と長男も多少の衝突があったようです。ご主人の遺言を、2人がどのように受け取るのか不安がありました。それでも私は、きっとお父さんの想いは2人の息子に伝わると思っていました。

 お母さんは、その場で長男と二男に電話をしました。2人ともその日は休みで家にいたので、お母さんはすぐに実家に来るように言いました。1時間ほどで2人が到着したので、まずは、お父さんの遺産で今わかっているものについて説明しました。そして、遺言書を読むように言いました。2人は時間をかけてじっくりと遺言書を読みました。

 読み終わると、長男が二男に対して、「どう思う?」と聞いたところ、「親父の想いどおりにしよう。俺は何もいらない」と答えました。長男は、「俺も同じです。先生、このとおり手続きをしてください」と言いました。お母さんは号泣されました。私は遺言書の最後の部分『息子たちよ、子どもの頃のように仲良くしろ。そしてお母さんを宜しく』というところを指して、「ここはどうですか?」と2人の息子に聞きました。

 長男が、「そこも大丈夫です。兄弟で力を合わせて、お母さんを支えます」と言い、二男もうなずきました。こんな遺言書を見たのは後にも先にも一度限りです。自分1人で考えて作成した遺言書で、これほど見事に想いを表現して、これほど完全に想いが伝わった遺言書はそうあるものではありません。生涯忘れることのできない遺言書です。

遺族を幸せにした遺言書の共通点

 今回紹介させていただいた2つの例は、すべてもめる要素を含んだ遺言書でした。しかし、いずれももめない遺言書になりました。

 1番目の遺言書は、遺言者が、最も争族(あらそうぞく・遺産相続などをめぐって親族が争うことを意味する)の引き金となりそうな二男に対して、遺言を書く前に遺言内容への理解を得ています。

 そして2番目のものは、妻には夫としての想いを、子どもたちには、お父さんのお母さんに対する愛情が伝わる内容になっていて、さすがにこれに異を唱える気にはなれない内容になっています。

 このように、遺言者がなぜこのような遺言内容にしたのか、その想いをしっかり相続人に伝えることで、争族を防止できることがあります。

 私は遺留分を侵害するような内容や、相続人の一部にとっては公平性を欠く内容の遺言になる場合は、遺言書にその理由を書くことをおすすめしています。これを「付言(ふげん)」と言います。

 付言は遺言事項(遺言書に書いて有効なこと)ではありませんので、形式等の決まりはありません。相続人が取り合わなければそれまでですが、相続人の心に響いて、遺言内容に説得力を与えることもあります。

もめない遺言書の決め手は「付言」

 2番目の遺言書は、遺言事項は、「私の財産は全部妻に相続させます」。ここだけです。ほかはすべて付言事項です。この付言が決め手となって遺言者の想いがかなうことになりました。

 1番目のものでは、遺言書の中には書かれていませんでしたが、口頭で伝えたり別紙に経緯を書いたりして相続人に遺言者の想いを伝えています。

 形は違いますが、これも付言的な役割を果たしています。付言は時に重要な役割を果たしますので、書き添えておくとよいのです。

 ただし、付言は肯定的な内容にしてください。特定の相続人に対して否定的なことを書き連ねると、かえって争族を引き起こす、もめる遺言書になってしまいますので、注意してください。

 遺言書を残すにあたって、いちばん大切なことは、遺産をこう分けるという結論だけではなく、どのような想いを持ってその遺言書を書いたのか、ということです。

 それが遺言本文で伝わるものであることが何より大切なのです。もし、遺言本文を読むだけでは伝わりにくいのであれば、付言事項を加えて、想いが伝わる遺言書に仕上げていただきたいと思います。

 「子どもを幸せにする遺言書」「残された家族を幸せにする遺言書」とは、想いの伝わる遺言書のことをいうのです。

このニュースは、世の中のお客様に是非読んで欲しいお話ですね。遺言と付言事項は、これからの相続問題を減らす重要なキーワードだと思います。

不明な点などがありましたら、福岡市東区の香椎相続不動産事務所へ、お気軽にお問合せください。


知らないと後悔する、後から知って後悔する
相続・事業承継に関する最新の事例・情報を定期配信中!
お友達登録で、
「誰もが知ってるあの人も?
読んで知って実感する。
身近な相続トラブル事例集」
無料プレゼント中!