知らないうちに「名義変更」されて自宅を失った高齢妻の悲劇 相続は 「早いもん勝ち」に…

知らないうちに「名義変更」されて自宅を失った高齢妻の悲劇 相続は 「早いもん勝ち」に…

現代ビジネス  2019年10月5日 6時0分

失ったのがおカネであれば、「自分の不手際でもらえる遺産が減った」とあきらめもつく。だが、自宅はそうではない。愛着ある「終の棲家」を、あっという間に奪われる、その一部始終を見ていこう。

知らない男が訪ねてきて…

「山口さんはいますか?山口さん?」

スーツ姿の男が何度もインターホンを鳴らし、人目もはばからずに大声で自分の名前を叫んでいる。この男はつい2日前にも、さらにその3日前も自宅を訪ねてきた。

関東近郊に住む山口弘子さん(75歳・仮名)がしぶしぶドアを開けて招き入れると、男は食卓に書類を広げ始めた。

「先日も申し上げましたがお宅の所有権の2分の1は、弊社が取得しております。残り2分の1をお売りいただけない場合は最悪、裁判所に共有物分割請求訴訟を提訴させていただきます」

男は早口でまくしたてる。何を言われているのかほとんど分からないが、「訴訟」という響きに、山口さんの背筋は凍った。男はこう続ける。

「旦那様も亡くなられて、お辛いときかとは思います。とはいえ、この広い家に住み続けるよりも、コンパクトな家か施設にお引っ越しされてはいかがでしょうか?」

男は急に話すペースを落として、最近の老人ホーム事情を語り始めた。山口さんは「はあ、そうですか」と返すばかりだ。しかし男は最後に語気を強めて、

「早く決めていただかないと困ります。こちらもこの家の権利を持っているんですから」と言い残し、山口さんの自宅を後にした。

これから先も男はやってくるのだろう。山口さんは、家の権利を業者に売却して引っ越すことに決めた。元々、自宅の価値は2,000万円ほどだったが、山口さんが手にした金額は、750万円ほどに過ぎなかった。

さらに、居を移してから待っていたのも辛い日々だった。山口さんが本誌記者に語る。

「住んでいるのは木造アパートの8畳一間。引っ越しをしたので近所に知り合いもおりません。まったく誰とも話さない日もざらにあります。

夫が約30年前に建てたマイホームがあり、それが『終の棲家』のはずでした。夫がいて、息子がいて、あの頃が懐かしくてたまらない」

なぜ山口さんは、こんな悲惨な状況に追い込まれてしまったのか。

実は、これは他人事ではない。本誌が報じてきたように、今年の7月1日からは、「早いもん勝ち」相続によって、高齢の妻が自宅を失うリスクが高まっているのだ。

これまでは「妻に家を相続させる」という遺言書さえあれば、そのとおりになるのが常識だった。しかし「早いもん勝ち」では、相続人が勝手に家の所有権の持ち分を名義変更して、売却することができてしまう。

高齢になってから、自宅を失うのは危険だ。引っ越しのストレスからうつになる人も多く、不慣れな住宅では転倒のリスクも高い。認知症が進行してしまうこともある。

「早いもん勝ち」からどんなふうに家を失うまでに至るのか。前出の山口さんの実例をもとに、その実態をみていこう。

時を山口さんの夫が亡くなった時点に戻そう。

商社勤めだった山口さんの夫は終活もまったくせず、遺言書も書いていなかった。長男も相続人ではあったが、自宅に住んでいる山口さんは当然自分がこの家を相続するものだと思い込んでいた。山口さんは続ける。

「夫が亡くなってすぐは、葬儀の喪主や、年金の支給停止などの手続きに忙しかったです。遺産分割や、名義変更は落ち着いてからやればいいと思っていました」

相続の常識が一変

しかし、その間に事件は起きた。長男が、実家の所有権の2分の1を勝手に名義変更し、売却してしまったのだ。

雨が降るなか、長男は固定資産評価証明書と、父親の戸籍謄本一式、自分と母の住民票をもって法務局に向かった。法務局での手続きは形式さえ整っていれば何の問題もなくできる。

手続きは半日で終わり、手続きをしたことは誰かに知られることもなかった。山口さんが語る。

「もともと、私の夫と、長男の嫁が不仲で、20年以上長男は実家に顔を見せていませんでした。今回も、嫁が長男をそそのかしたようです」

勝手に自宅の名義変更をする――そんな無茶苦茶な手続きも、けっして違法なわけではない。

「長男にも法律で決められた相続の割合(法定相続分)が2分の1ある。不動産については、この法定相続分だけ、長男は単独で名義変更できます」(弁護士・澤田有紀氏)

そこで、今までなら、「妻に家を相続させる」という遺言書を夫に書いてもらっておくのが鉄則だった。

遺言書があれば、家の権利を勝手に売られたとしても、取り戻すことができたからだ。そのため、「四十九日を過ぎてから遺産整理を行う」のは常識だった。

だが、遺言書さえ書いてもらっていれば安心だ、と思い込んでいては、これからは大変なことになる。7月1日からの法改正で、相続の常識は一変したのだ。
遺言書があったとしても、売られた所有権は戻ってこないことになったのである。

競売にかけられる

改正後、山口さんはどうすれば自宅を失わずに済んだのか。

ここでカギを握るのは不動産の名義変更である「登記」だ。

家を全部、自分のものにするには、生前に作成してもらった遺言書を法務局に持っていき、登記をする必要がある。不動産登記とは、法務局にある登記ファイルに、どんな不動産があって、誰が権利を持っているかが記されているものだ。

相続や売買をしたときには登記を変更するが、実は登記を変更しなくても家に住み続けることはできてしまう。しかも、登記は義務ではないため、放置する人も多い。
これからは、一刻も早く登記をしないと、自宅を失う危険が出てきた。

「早いもん勝ち」に負ければ、家の所有権の一部を失う。とはいえ、失うのは法定相続分であり、「一部」に過ぎない。

では、その「一部」を売却されてしまうと、いったい何が待ち受けているのかを見ていこう。

埼玉県に住む岩井薫さん(69歳・仮名)が語る。

「夫が亡くなり、長男、次男と妻の私が相続することになりました。財産は家(3,000万円相当)しかなかったので、とりあえず3人で共有することに決めました」

不動産が共有になっているときの所有権の割合は「持ち分」と呼ばれる。

岩井さんと長男一家は実家で同居していた。次男からすれば、4分の1(750万円相当)の持ち分をもらったことになるが、結局のところ一銭も入ってこない。

「次男はギャンブルにはまっており、借金を抱えていました。どうやら父親の遺産から借金を返済できると当てにしていたようなのですが、おカネはもらえなかった。そこで、持ち分を売却したようなのです」(岩井さん)

Photo by iStock

持ち分は普通、不動産そのものを売却しないと、おカネにならない。さらに、家を売るには、共有で持ち分を持っている人の合意が必要だ。

だが驚くべきことに、その持ち分を買い取る業者も存在しているのだ。

「こうした業者は、持ち分を買い取った後に、他の共有者と話し合いをします。共有者との権利関係を調整することができれば、持ち分の売主が抱えていた問題を解決できます」(リノア株式会社代表・田中孝久氏)

そうはいっても、多くの業者は、他の人が住んでいる物件は買わず、共有になっている空き家や更地を対象にする。

しかし、持ち分買い取り業者が急増するなか、人の住む物件に手を出す業者も登場している。

「悪質な業者は、居住者や経緯を調査せずに持ち分を購入します。さらには、法律を理解していない外国人投資家に転売するケースまであるのです」(田中氏)

持ち分を業者に買われてしまった後の顛末を岩井さんが明かす。

「不動産業者から自宅宛てに『こちらの不動産の持ち分4分の1を取得しました』という郵便が来ました。2日後、腰の低そうなサラリーマンが家にきて『弊社が取得したお宅の持ち分4分の1を買い取ってほしい』と言ってきたのです」

持ち分買い取り業者には3つの戦術がある。

1つ目は残りの持ち分を安く買い取り、不動産そのものを手に入れる方法だ。不動産を売れば業者は利益を出せる。

次に、業者が買った持ち分を、高く売りつけてくることもある。

「共有状態のままでは、家の売却や建て替えができないというデメリットをやたらと主張されました。結局、相場より高い900万円で持ち分を買い取るしかありませんでした」(岩井さん)

業者はまずは、このどちらかの戦法で攻めてくる。

しかしそれでも揺らがない場合には、奥の手がある。それが、訴訟だ。

「裁判所に共有物分割請求訴訟をおこすのです。結果、『競売せよ』という判決が出てしまえば、家は売却されて、おカネを分けることになります」(司法書士・甲斐智也氏)

不動産を共有にしたり、勝手に名義変更をされると、最後は自宅を失ってしまうのである。

夫が生きているうちに対策

もちろん、遺言書を無視されて「早いもん勝ち」をされた場合にできることがないわけではない。たとえば、裁判所に訴えるという方法もある。だが、これも簡単ではない。

「親族を訴える心理的なハードルは大きいですし、なにより、訴訟費用は自分持ちになります」(不動産売却支援ネット代表・露木裕良氏)

残りの人生が限られる中で、そんな大変な訴訟はしたくはないだろう。一度登記をされてしまえば、泣き寝入りするしかないことも多いのだ。

自分の死後に確実に妻に自宅を遺すためには、自分が生きているうちに「登記の予約」をする裏ワザをおススメしたい。

それが「仮登記」だ。

「仮登記は『次にこの不動産の所有者になるのはこの人』ということを、登記しておく手続きです。仮登記がついていると、勝手に名義変更されても、持ち分買い取り業者に購入されずに済むのです」(前出・澤田氏)

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仮登記をする場合は、家の所有者が次は誰になるのかを確定させる必要がある。そのために、死因贈与契約を結ぶのだ。

「『夫が亡くなったら、自宅を妻に贈与するものとし、妻はこれを受諾する』と書き、日付、氏名、住所を記入・押印します。この契約書と夫の印鑑証明書を持って法務局で申請すれば、仮登記できます」(司法書士・内藤卓氏)

夫を失ったあげく、自分が知らないところで名義変更をされて、最後には自宅まで失ってしまう。そんな悲惨な老後を迎えないために、できることをやっておきたい。

「週刊現代」2019年9月14日・21日合併号より


上記の話、結構怖い話なのですが、インターネットで、「 共有持分 売却」と検索すると、このようなビジネスを積極的に行っている不動産会社の広告が次々に出てきます。

寂しい話ですが、このように共有持分を売却すると、どうなるかご理解して頂けたと思います。

想いを遺す相続対策についてご心配な点があれば、お気軽に福岡市東区の香椎相続不動産事務所へお気軽にご相談ください。


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